第30回 日本精神科救急学会学術総会ルポ
国立精神・神経医療研究センター 石井香織
公益財団法人復康会 沼津中央病院 梶浦裕治
防衛医科大学校病院 精神科 福間 文(ふくま ぶん)
●国立精神・神経医療研究センター 石井香織

 この度、第30回日本精神科救急学会学術総会に参加させていただきました。埼玉県浦和での対面開催+後日WEBオンデマンド配信のハイブリッド形式となっており、私は9月30日と10月1日と両日現地で参加させていただきました。私自身、精神科救急学会の学術総会への参加は今回が初めてであり、現地での参加も久しぶりであったため緊張していました。しかし、実際に現地において学会らしい雰囲気に触れ、オンラインではなかなか難しいリアルな意見交換を目の当たりにして、現地で参加できたことを嬉しく思いました。また、普段救急病棟ではない精神科病棟に勤務しているため、本学会の参加は多くの学びを得ることができました。

現地での2日間は、薬物治療に関係する内容を中心にシンポジウムやポスターを拝聴・拝見しました。精神科救急医療ガイドライン2022年度版では焦燥・興奮に対する薬物療法として注射剤以外にも口腔内崩壊錠、舌下錠、内用液、貼付剤などの様々な剤形が選択肢として追加になっておりました。ポスター発表などにおいても、貼付剤が注射薬と同等に精神症状の改善させる可能性があり身体的・心理的な負担を軽減させるため救急現場においても選択肢の一つになることや、舌下錠が有効であった症例報告などがありました。実際の現場においても新しい剤形が有用であることが分かりました。薬剤師として、救急現場における薬物の選択として薬理学的観点に加えて、患者の身体状況を鑑み薬物動体学的観点からも患者それぞれの薬物療法の支援をするべきだと改めて実感しました。
また、各施設での抗精神病薬の単剤化率や第二世代抗精神病薬の使用率、睡眠薬の使用状況などの変化を拝見させていただき、精神科の薬物治療が大きく変化してきていることが実際の数字からもみて取れました。エビデンスが少ない精神科領域だからこそ情報を発信しエビデンスを積み重ねていくことが、薬物治療を含め今後の精神科医療の未来に繋がるのだろうと思いました。
 その他、多職種による連携や取り組みについての発表もありました。今年度より精神科急性期病棟配置加算1の中にクロザピン導入が年間6例以上必要になったり患者の長期予後を考慮し早期より持効性注射剤の導入が推奨されていたりと日々変化のある精神科救急の現場において、薬剤師ももっと多職種連携に参画していけたらと感じました。

さて私は、「近年における市販薬乱用の実態と市販薬の相互作用について 」というタイトルでポスター発表をさせていただきました。どのような反応をいただくのかとても心配でしたが、多方面から貴重な御意見を頂けたことに感謝申しあげます。
 今回の参加により、薬物治療に関係なく精神科救急医療の現状を知ることができました。一方、聴くことのできなかった演題は、この学会形式のメリットでもあるオンデマンド配信の方で勉強させていただこうと思います。最後になりましたが、第30回総会の企画運営を担当してくださった皆様に、未熟な身であるにも関わらずこのような体験記を書かせていただく貴重な機会をいただいたことに、深く感謝いたします。本学会の益々のご発展を心よりお祈り申し上げます。


●公益財団法人復康会 沼津中央病院 梶浦裕治

 「やっぱり、学会はいい」
 初めて参加した日本精神科救急学会学術総会では、思いのほか楽しく充実した時間を過ごすことが出来ました。特に印象深かったのは、ブロナンセリン経皮的吸収型製剤の発表や、精神科救急医療ガイドラインの発表でした。発表を聞きながら、精神科医療の未来を思い描くことができ、日々に疲弊していた自分の中から湧き出る熱い感情に懐かしささえ覚えました。その感情はまさに、現地でしか味わえないものだと思います。会場の雰囲気、緊張感、高揚感。その空気を作り出す一員になっている自分。画面越しで触れる多くの学術的知見より、場と時間を共有し、共に作り上げる臨場感の中にこそ、より心が動かされるものがあると感じました。

 そもそも、私が本学会に参加することになったのは、2021年4月に病院長の号令で、身体的拘束ゼロプロジェクトが発動されたことに始まります。身体拘束ゼロの必要性は痛感していても、精神科救急の現場にいる自分には、現実と理想とのギャップをいかに埋めていったら良いかと途方に暮れることも多かったです。スタッフ感情を大切にしつつ、スタッフ力の強化を図る取組をしながら、多職種一丸となって「やれること」を模索していく日々。すぐに結果が得られないと頭では分かっていても、自分たちの進んでいる道が正しいのかと不安になりました。研修会・業務改善等を行う中で、スタッフの意識変容が徐々になされると、プロジェクトは急速に走り出しました。身体拘束をしない文化の形成に向けて当院は歩み始めています。今回、そのプロジェクトの過程をまとめることとなり、第30回日本精神科救急学会学術総会で発表することになったのです。
 
 発表することになったものの、日々の業務と新型コロナウイルスへの対応に追われる中、発表をまとめるのはまさに「試練」でした。何度も心が折れそうになりながら、なんとか当日を迎える事ができたのは、病院長を始め多くのアドバイスをくださった仲間のおかげだと思います。多くの支えがありながらも、学会に行くまでは「なんで発表するって言っちゃったんだろう」と正直思っていました。

 学会には、10年来の友人が参加しており、思いがけない再会ではありましたが、発表の練習にも付き合ってくれました。精神科医療を牽引する方々は多く参加している学会で、その内容の濃さに圧倒されながらも、楽しく過ごすことが出来たのは、友人の存在も大きかったと思います。学会では、多くの人と出会い、再会し、精神科医療について語り合うことができました。その時間は、何よりも刺激的で楽しい時間となりました。大変な思いをしながらも、学会に参加して本当に良かったと今は感じています。ただ一つ、懇談会がなかったのだけは残念で仕方ないです。次の機会があれば、ぜひ懇談会に参加して、より多くの人と語り合いたいと思っています。

 最後になりますが、多くの出会いと学びの場となった第30回学術総会の企画・運営を御担当いただいた皆様に深く感謝いたすと共に、本学会の益々の発展を心からお祈り申し上げます。


●防衛医科大学校病院 精神科 福間 文(ふくま ぶん)

 2022年9月30日~10月1日の間に埼玉県さいたま市で開催された、第30回日本精神科救急学会学術総会に参加させて頂きました。私自身は、ポスターセッションでの演題発表と、Psychiatric Evaluation in Emergency Care(PEEC)コースへの参加をいたしましたのでご報告いたします。

 私は防衛医科大学校病院で精神科専門研修2年目として勤務しております。私は卒後4年目に内科専攻医から転科した経緯があり、精神科の学会への参加は今回が初めてでした。内科と異なり、精神科の症例は検査値や病理所見、画像所見だけで全てを語ることができず、精神療法や環境調整の担う役割も大きく、それらをいかにポスター発表という形で表現すればよいのか、非常に苦労いたしました。私の拙い発表に対して、ご清聴いただいた先生方、ご質問いただいた座長の先生に心から感謝申し上げます。
 会場ではさまざまな分野の発表を拝聴し、教科書の記載にはない現場での苦労や、最先端の研究を肌に感じることができ、大変有意義な2日間となりました。

 PEECは救急医療に従事するものが標準的な精神科初期評価を学ぶためのコースです。具体的には、過換気症候群、統合失調症の精神運動興奮状態、境界性パーソナリティ障害患者の自殺未遂、薬物依存症のそれぞれの症例に対して、救急外来における対応や、患者への疾病教育、家族対応、法的対応等、実践に即した内容をディスカッション形式で学びます。精神科医師としてはいずれも当然の知識として身につけているべきものではありますが、本コースには、救急部や精神科の研修医、看護師、救急隊員等様々な立場の方々が集まり、それぞれの視点から知識や見解を共有していただけたことで非常に意義深いものとなりました。PEECを通して、我々若手精神科医師にとっては知識の定着、救急部の医師や看護師には精神科疾患合併患者へのスティグマの軽減と適切な初期対応の理解、そして救急隊員には救急要請から外来までの円滑な橋渡しが実現されるものと考えます。今後もPEECが様々な場所で繰り返し開催され、診療科や職種の境を超えた、より円滑な医療連携が実践されることを切に願います。

 精神科と救急部の連携に関して、当院での試みをご紹介したいと思います。当院精神科には常時、救急リエゾンチームが組織されており、救急部との連携を担当しています。チームはスタッフ2名と専門研修医2名から構成され、通常業務と兼任する形で交代制で担当します。業務としては、当院の救急外来に搬送される患者の情報を院着前から共有し、精神疾患の合併が疑われる場合には速やかに介入を開始できるように努める他、入院中のリエゾン対応、身体状況改善後の環境調整を行います。当院にはPSWが不在のため、転院調整や、社会福祉の導入、行政への橋渡しも原則医師が行います。また意識障害やてんかんを疑う患者には、医師が速やかに脳波を記録し、評価を行います。さらに週に1度は救急部と精神科で合同カンファレンスを開催し、併診患者に関して多職種で協議をします。これらの試みは、搬送直後からの精神科介入が重要な多くの症例において、特に有効に機能していると考えています。私は精神科としての勤務経験も浅いため、今後も本学会やPEECに繰り返し参加していく中で、他院での精神科と救急部の連携に関する工夫や試みを勉強させていただくことを期待しています。

 最後になりましたが、第30回日本精神科救急学会学術総会の企画運営を担当してくださった皆様に深く感謝いたしますとともに、本学会の益々のご発展を心よりお祈り申し上げます。
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