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●千葉県総合救急災害医療センター 佐藤千恵
今回、2025年7月5日に山梨県で開催された「教育研修会in山梨」に参加させていただきました。午前中は山梨県立北病院の施設見学にて、班ごとに分かれてスーパー救急病棟、医療観察法病棟、一般病棟、外来、デイケア等の見学をさせていただきました。病院は過去3回増築されているとのことで、院内はとても広く、時折目にする中庭には病棟ごとに植物が植えられ、青空のもと病院に接する山々を背景に自然が豊かで、心が穏やかな気持ちになりました。
印象的だったのは多飲症の方の治療です。一元的に制限をするのではなく、逆に飲水を制限せず患者さんに安心感を得てもらい、患者さんとの関係を作りながら飲水のセルフコントロールを身に着けてもらうという取り組みを知り、改めて「制限する」という発想を見直す貴重な気づきとなりました。
また、山梨県では峡中地域に精神科病院が集中しており、それ以外の地域の精神科医療の医療過疎地があること、ゆえに、クロザピンでの治療を受けている方の通院が長距離となることからオンライン診療の導入を検討されていたり、新聞記事にクロザピン治療の取り組みを発表されていたりと、積極的で革新的な取り組みをされており、その行動力に大きな刺激を受けました。
午後は「精神科救急医療における人権尊重」をテーマとして基調講演とパネルディスカッションが行われ、多くのことを学ばせていただきました。
渡邊先生による基調講演「精神科救急患者へのShared Decision Making(SDM)」では、医療者と患者さんがお互いに知識や価値観を尊重しながら、治療や支援の選択を一緒に考えていくプロセスであり、どちらかへの一方向ではなく、双方向であること、患者さん自身が「どうなりたいのか」を重視する考え方であると学びました。また、「『人』と『問題』に分けて考えること、相手を攻撃せず、問題そのものに焦点を当てて話し合うという」ことが最良の選択決定法の一つであるとも学ぶことができ、とても興味深い内容でした。
パネルディスカッションでは、山梨県立北病院が実施している非同意治療審査について拝聴しました。患者さん本人に同意が得られなければ、ご家族に同意をもらえばいいのではないか、と安易に考えていたので、正直、驚きました。この取り組みを通して倫理観が深化し、なるべく強制せず説得する技術の習得(LEAP)等、医療者の技術向上にもつながっているのだ、患者さんと真摯に向き合っているからこそできることなのだ、と感じました。
今回の教育研修会を通じて、「患者さんがどう生きていきたいのか」「どうありたいのか」「医療者として何ができるのか」を深く考える機会となりました。患者さん、医療者、どちらか一方向ではなく、双方向の視点で考えること、一緒に決めることの大切さを改めて実感しました。あわただしい日常では時間がないからと一方的に決めたり、失念しがちであったりすることのないよう日々、業務に励みたいと思いました。
最後になりましたが、このような貴重な学びの場を作り、与えてくださいました、山梨県立北病院の皆様、事務局の皆様、および登壇者の先生方に心から感謝申し上げます。
●東京都立精神保健福祉センター 鮒田 栄治
環境が人の行動に与える影響や行動が環境に及ぼす変化を研究する、環境行動学という分野があります。
しかしそれは思い付きや刹那的な流行に乗っただけのアクションでは良い方向に向かうはずもなく、地域や行政の流れの中で中長期的視野を携えた理念に基づいた覚悟が必要になります。
2010年に医学書院から出版された「多飲症・水中毒~ケアと治療の新機軸~」を読んだ際、大変感銘を覚えました。
そこには、多飲症に対して「水を飲んでしまうことを制限」するのではなく、「安全に水を飲める環境を支援」するという理念に基づき、病院全体で実践している状況が書かれていました。
その病院が今回見学した山梨県立北病院でした。
決して周囲を睥睨するような建造物ではなく、低層階でまとまった建物ですが、どの場所においても採光を考慮した間取りになっていました。見学を進める中で、救急・急性期病棟、クロザピン症例を中心とした重度慢性病棟、思春期・アルコール症例を中心とした専門治療病棟など、増改築してゆきながらそれぞれの動線や感染症対策を考慮しつつ形作られていることがよく分かりました。書籍で読んだように、どんな場所においても誰もが「安全に安心して過ごせる環境」となるよう、工夫しながら活用していたのです。
失礼ながら見学中、アメリカ合衆国カリフォルニア州にあるウィンチェスター・ミステリー・ハウスの事を考えていました。銃器産業で財を成した一族ですが、亡くなった主人の莫大な遺産を所持した妻が「銃で亡くなった霊たちから逃れるために」複雑に増改築し続けた実在の建物です。
その結果、どこにも通じることのないドアや行き止まりの階段など、機能を失った記号としての建築要素が多数残されました。1980年代に赤瀬川原平が唱えた超芸術トマソンともとれるのですが、個人の妄執によって具現化された建造物であり、ネットで画像を見ていても建築物全体から「強迫的不安をベースにしたほころび」を感じます。
そんな事を思い出しつつ、病院としての屋台骨がしっかりしていると、こうも安心を覚えるものなのだと感じ入った見学でした。
午後は山梨大学の大村記念ホールに場所を移しての研修会でした。
杏林大学の渡邊衡一郎先生の「精神科救急患者へのShared Decision Making」を基調講演として、パネルディスカッションは山梨県立北病院からのパネリストを中心に「精神科救急における人権尊重」をテーマに展開されました。
現在進行形で当事者と治療者との関係性が変わりつつあります。それは治療効果の改善や選択肢の増加に伴う当然の帰結であり、人権問題や当事者性についての関りが更に増えてくると感じます。さらに今後は共同作業としての医療システムの構築へと進むことが予想されます。
医療システムは行政の中で様々な変遷を経てゆき、落ち着くことはありません。
その中で、当事者・治療者・地域など全てをひっくるめて安心して生き延びてゆけるためのヒントがもらえた研修会になりました。
最後に午前の見学会から午後の研修会を含め、企画・準備・運営していただいたすべての関係者の方々に感謝いたします。誠にありがとうございました。
●帝京平成大学 江波戸 和子
山梨県立北病院と共同意思決定支援(SDM)の組み合わせによる「精神科救急医療における人権尊重」。この組み合わせは、まさにゴージャス!で意義深い教育研修でした。
見学では、建物の設計思想から始まり、機能別病棟や保護室などの施設を案内いただきました。空間そのものに、人が安心して存在できること、そして人権を守るという意識がすでに宿っていることが感じられました。さらに、m-ECTやクロザピン治療、トラウマインフォームドケア、多飲症治療、精神科救急、児童思春期精神科医療など、専門性の高い治療とケアの実践と実績が紹介されました。これらに早期から先駆的に取り組み、治療やケアを確立し、重症例や困難ケースに対応しながら地域社会との橋渡しを行っている姿は、病院理念である「最良の精神科治療とリハビリテーションレベルを達成します。」という言葉の具現化そのものであると実感しました
杏林大学精神神経科学教室・渡邊衡一郎先生による「精神科救急患者へのSDM」の基調講演では、SDMのわかりやすい解説に加え、これまでのエビデンスや導入のためのデシジョンエイド(DA)の紹介がありました。うつ病学会からDAがダウンロード可能という朗報もあり、パーソナルリカバリーが重視される時代において、急性期からのシンプルSDMの展開が期待されます。
パネルディスカッションでは、山梨県立北病院の多職種の皆様より、精神科救急における人権尊重の取り組みが紹介されました。特に印象的だったのは、非自発的入院患者に対する治療の透明性と手続きの適正化を確保するために、独自の「非同意治療審査」システムを早期から構築・運用されている点です。このシステムでは、非同意治療が申請されると、臨床心理士が患者の同意判断能力を一両日中に評価し、その結果をもとに、直接治療に関与しない多職種チームが審査を行い、患者に文書で告知します。さらに、非同意治療が実施される場合には、デブリーフィングの一環としてトラウマインフォームドケアが行われていました。こうした説明責任を果たしながら関係性を築き、患者の尊厳を守る姿勢は、組織全体の倫理観を深め、LEAPへの取り組みや持ち物制限の緩和など、各専門職の実践にも波及していることが伝わってきました。このようなシステムがあるからこそ、救急の場面での非同意治療が減少していき、納得して救急医療にかかれるようになるのだと思います。加えて、定期的に外部評価を受け、データ化・分析・点検・改善されている点も非常に優れた取り組みだと感じました。
このような組織の活動は、トップの明確なビジョンによるものなのか、それとも現場からのボトムアップの力をトップが育んでいくのだろうかと考えました。まるで「風林火山」の旗印に象徴されるように、善と信じることを「迷わず決断し、戦略と知略をもって迅速に、そして信義をもって実行」した結果なのか。それとも丹精込めて育てられた桃やぶどうのように、一人ひとりが誠実に作り上げた成果なのか。いずれにせよ、すれ違う職員の皆さんが誇りを持って働いている姿が印象的でした。また、「病院を利用される方々の視点を大切にしてサービスを提供します。」という理念が、職員の姿勢や掲示物の一つひとつにまで反映されており、揺るぎない本物の姿勢として感じられました。標語とともに宮田院長の笑顔がアイコンのように掲示されている様子からは、トップへの信頼と、そのビジョンに応えようとする職員との信頼関係も垣間見えました。
最後に、この研修会では病院・会場の準備はもちろん、宮田院長をはじめ多くの病院スタッフの皆様、学会教育研修委員会の皆様にも心のこもった細やかなおもてなしをいただきました。素晴らしい機会をいただき、心より感謝申し上げます。 |
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