提言  
神経性無食欲症(AN)治療の標準化

 ANはあらゆる精神疾患の中で最も死亡率が高く、その死因には低栄養あるいはそれに由来する身体合併症が関与していることが多い。また、高度低栄養状態にある患者に不用意に栄養療法を行うと、リフィーデング症候群(RS)と呼ばれる時に致死的となる合併症を生じることが知られている。そのため、AN患者の入院治療にあたっては、まず、内科や小児科で身体治療を行い、全身状態が安定した後に精神科へ転科することが一般的のように思う。しかしながら、この方法ではANの診療が可能な医療機関は自ずと精神科病棟を有する総合病院に限定されてしまう。また、患者が精神科/心療内科のない医療機関を受診した際は身体的治療のみで良しとされ、精神症状がなおざりになる可能性が危惧される。
 近年、ANが急増している一方で、総合病院の精神科病床数は減少傾向にあり、総合病院を中心としたANの医療体制はいずれ立ち行かなくなることは想像に難くない。現状を打開するためには精神科医もANの身体的な病態生理を理解し、積極的に身体治療に携わるべきと考える。しかしながら、一般的に身体疾患の治療に不慣れな精神科医が、AN患者の診療を行うのは困難であると予想される。RS予防/治療を目的としたガイドラインは国内外に散見されるが、臨床で使用するには具体性に欠け、精神科医にとっては扱いにくいもののように思う。
 そこで、我々は既存のガイドラインを参考に身体管理マニュアルを考案した。本マニュアルでは栄養療法開始後の日数、バイタルサインを中心とした身体所見、血液検査結果などから投与熱量、輸液、内服指示を細かく規定している。患者には身体治療であることを明示しているため、投与熱量に関する患者との交渉は不要である。当科ではこれまでに13例(10~51歳、BMI 11.0~14.8)にマニュアルを適応しているが、重篤な身体合併症は経験していない。また、対応が統一されたことで、精神科スタッフ間の意思疎通も容易になり、受け入れ可能なAN入院患者数が倍増した。無論、全ての症例が精神科のみで診療を完結できるわけではない。意識障害や低血糖などを呈する重症例は身体科のサポートが不可欠である。当院では救急科と小児科に連携を図ったところ、好意的に迎えられた。身体診療科もまた、精神科との連携を必要としていたのである。
 治療の標準化により同一医療機関の診療科間だけではなく、施設同士の連携が円滑となることが期待される。例えば、BMIや身体合併症の有無により重症度を定義し、重症度別にマニュアルを細分化すれば、重症例は総合病院へ、軽症例は単科精神病院へという運用が可能となるだろう。また、急性期を脱した重症患者を必要に応じて転院させることもできる。これにより、重症例が集中するであろう総合病院は空き病床を確保しやすくなり、患者が路頭に迷うことがなくなる。
 以上のように、マニュアルを導入することによって、患者の安全を担保しつつ、治療者は余裕をもってANの診療ができるようになることが期待される。今後、当科ではデータを蓄積し、治療効果を発表する予定である。将来的にはマニュアルの普及を目指しており、希望者には現行のマニュアルを配布している。
 浜松医科大学精神科摂食障害クリニカルパス委員会
代表・照会先 栗田大輔
dkurita@hama-med.ac.jp
 
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