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●神奈川県立精神医療センター 西島朱里(看護師)
この度、第33回日本精神科救急学会総会に参加する機会をいただきました。私は、神奈川県立精神医療センターで救急病棟の看護師として勤務しております。当病棟は、県の精神科救急医療システムの基幹として、急性期症状のある患者さんの受け入れを24時間行っています。日々、急性期の患者さんと向き合う中で、現場の限界や支援の難しさを痛感する場面も少なくありません。今回の学会参加はそうした日常を客観的に見つめ直し、今後の精神医療のあり方を考える貴重な機会となりました。
会場には、医師・看護師・精神保健福祉士・行政関係者など、全国各地から多職種が集まり、活発な意見交換が行われていました。発表テーマは多岐にわたり、地域連携、身体合併症対応、救急医療の倫理的課題など、どれも現場に直結する内容ばかりでした。特に印象に残ったのは、1日目に行われた教育研修コースの「『保護室』のドア、『保護室』、そして精神科病棟、精神科病院~それらが伝えるもの~」という講義でした。保護室は患者の安全を守るための空間であると同時に、社会の隔たりを象徴する場でもある、という内容が印象的でした。ドア一枚の向こう側にあるのは、単なる閉鎖空間だけではなく、患者の不安や恐怖、そして私たち医療者の安全を守る責任なのではないかと感じました。日々の業務では保護室を必要な措置として扱う場面が多いものの、その環境が患者さんに何を伝えているのかを意識する機会は少なかったように思います。看護師として、保護室という空間を「安全のための場所」だけでなく「人としての尊厳をいかに守るかを問われる場所」として捉え直す必要があると感じました。
もう一つ印象的だったのは「身体拘束解除の取り組みとTIC (Trauma Informed Care)」に関するセッションです。各施設での取り組み報告では拘束を減らすための環境調整やスタッフ教育、振り返りカンファレンスの実践など、具体的な工夫が共有されていました。なかでも「TICの視点を持つことが拘束をしないためのケアにつながる」という内容に強く共感しました。この指摘は、日常業務の中で安全確保を最優先にしてしまう私自身の姿勢を振り返らせるものでした。患者さんの行動の背景にある「なぜ」に目を向け、ケアを通して安心を取り戻せる関わりを探していくこと。その積み重ねが、拘束のない医療につながっていくのだと感じました。
学会を通じて得た学びは、知識だけではありませんでした。患者さんと関わる上で感じていた迷いや、時には生まれる無力感もまた、多くの方が抱えている普遍的なものだと知れたことは大きな支えになりました。全国の現場で同じように試行錯誤している仲間がいる事実が、今後の業務への原動力になると確信しております。今回の学びを臨床に活かし、より良い医療を提供出来るよう努めて参ります。
最後になりますが、このような貴重な機会を設けていただきましたこと、そして、日々精神医療の現場で尽力されているすべての職業人の皆様に、心より敬意と感謝を申し上げます。
●島根県立こころの医療センター 伊東仁志(医師)
この度2025年10月16日・17日に開催された第33回日本精神科救急学会学術総会に参加させていただきました。今年度の学術総会は群馬県での開催となり、今回は現在の勤務先である島根県から飛行機や電車を乗り継ぎ遥々現地入りいたしました。とは言うものの、実は私自身は生まれも育ちも群馬県であり、幼い頃から焼きまんじゅうを食べ、上毛かるたを嗜むという生粋の群馬県人です。今回、そんな私がこの群馬の地で初の学会参加・発表、さらにはルポルタージュ執筆といった沢山の機会をいただいたことを大変光栄に存じております。
初日の「理事長公演」では、日本精神科救急学会理事長である杉山先生より、「精神科救急と当事者認識」に関してご講話を頂きました。精神科医療における共同意思決定(SDM)の実現に関連して、事前指示(AD :Advance Directive)の概念を教えていただき、当事者が精神的な不調をきたした際に歪んだ思考や意思決定への明確な偏りを生じることを想定し、事前指示を共有しておくことが重要であると学ばせていただきました。さらに、先生ご自身の患者体験と精神科医療における課題を交えた内容についてもお話しいただき、精神科初学者の私としても大変感銘を受けました。
続いて「先達に訊く」では、群馬県立精神医療センターの武井先生より、「精神医療における法的正当性と尊厳」に関してご講話を頂きました。通報制度の仕組みと問題点、医療観察法など司法分野の参入、措置移送の法定化と群馬県精神科救急情報センター設立といった3つの観点から精神医療の変遷を垣間見ることができ、大変貴重な機会であったと感じます。また、その中でも先に述べた「群馬県精神科救急情報センター」に関しては全国に先駆けて救急搬送や病院紹介を24時間体制で一元的に調整する仕組みであるといった点で大変衝撃的であり、地域全体で精神医療を支える特色ある医療体制には驚愕いたしました。
各種シンポジウムに関して、まずは「縦列モデル精神科病院における身体合併症」のセッションが印象的でした。精神科病院における入院患者様の高齢化に際して、今後無視する事のできない身体合併症管理に重点を置いた各先生方のご講話は大変勉強になりました。特にCIU(Complex Intervention Unit)の活用例や精神科-身体科間での理想的な診療連携を目指した取り組みなど、今後の診療においても比較的活用しやすい内容もあり大変参考になりました。次に、「トラウマインフォームドケア」に関してご講話頂いた大岡先生のお話も大変興味深かったです。精神科の医療的介入(強制治療や発症時の経験)はトラウマになり得るものであり、治療においては患者背景にトラウマがあるかどうか、精神症状ではなく正常な応答の範囲内ではないかという視点は、精神科医として今後も常に持ち続ける必要があるように感じました。そして、個人的な興味関心の分野としては「100%超えのmECTについて」のセッションも大変興味をそそられるものがありました。当施設でもmECTを施行しておりますが、従来機器で様々な賦活法を行っても有効な痙攣が得られない方は度々いらっしゃる印象です。今後100%超えのmECT施行例の報告が増えるなかで、有効性や安全性のさらなる検討がなされることが望ましいと感じました。
最後になりますが、今回このような貴重な学びの場を提供してくださった精神科救急学会の皆様、加えて多大なるご支援をいただきました全ての方々に今一度感謝申し上げます。この経験を胸に今後も日々精進して参りたいと存じます。
●静岡県立こころの医療センター 後藤学(作業療法士)
このたびは、群馬県で開催された、第33回日本精神科救急学会学術総会に参加させていただきました。私は静岡県立こころの医療センターで、スーパー救急病棟、回復期病棟で、作業療法を担当していますが、特に、シンポジウム5「回復期精神科医療を支える仕組みをつくるには~精神科地域包括ケア病棟の課題と展望~」、シンポジウム8「精神科救急における多職種間の情報共有の工夫と実践~入退院支援計画書に沿って~」では、入院時から多職種でどのように包括的な評価に基づいた支援をしていくのか、入院中から退院後を想定した支援体制をいかにくみたてていくかなど、指針となる考え方を学ぶことができました。
いずれのシンポジウムも、多職種連携や包括的な評価と支援がキーワードであったと私は感じました。対象者が地域生活を安定して続けていくためには、健康維持とともに、地域で役割を持ったり、困ったときに相談ができる体制を整えていく必要がありますが、いかに地域の事業所などの社会資源と顔が見える関係を作ったり、いまある病院のサービスや機能を見直したり、組織の文化を醸成させたりと、対象者への介入のみならず、環境にも働きかけていく必要があると、これらシンポジウムでは示されていたように思います。また、外来のリハビリテーションサービスの機能向上も必須であり、自傷を経験したり、市販薬の依存の問題やトラウマといった生きづらさを抱えた方など、多様な疾患に対応できる医療機関ならではのデイケアが求められ、対象者を支える土壌の強化が地域生活定着日数にも肯定的な影響があることが示されていました。そこで、シンポジウム5のシンポジストに作業療法士に求めることを質問させていただきましたが、日々のOT活動や退院前の訪問等を通じて、対象者と一緒に課題をシェアした上で、個別の場面で具体的な練習をして、地域生活でできるようになることを拡大してほしいとの期待をいただきましたので、我々作業療法士の強みを活かして、これに寄与していきたいと思います。
また、ポスターセッションも多岐にわたるテーマで発表がなされていて、退院支援や家族支援を考える上で大変参考になりました。ポスターセッション10では支援ニーズアセスメントシートを精神科地域包括ケア病棟で導入したところ、地域生活課題が明確になり、必要な連携や支援体制の構築により地域生活の安定につながった旨の報告がありましたが、そのような多職種介入や連携が効果的であった事例をかさねることで、副次的に病棟全体の文化や雰囲気がよい方向に向かうことも聞きました。組織文化を育てていくために、まず目の前の対象者のことを大切に考えていきたいと思います。
今回で精神科救急学会の参加は2回目でしたが、毎回じぶんのやってきたことを振り返る機会となり、記憶に残るものになりました。企画・運営をされてきた先生方に感謝を申し上げます。ありがとうございました。
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