2023年度教育研修会inいわて ルポ
特定医療法人仁政会 杉山病院 五十嵐瞳
熊本大学病院神経精神科 今井智之
千葉県精神科医療センター 高橋由美子
●特定医療法人仁政会 杉山病院 五十嵐瞳

  2023年7月1日に開催された「教育研修会inいわて」は、「精神科病院、それも精神科救急急性期病棟で子どもを診ることの課題・問題点、その社会的意義について語り合おう」というテーマのもと、病院見学会、ランチョンセミナー、特別講演、パネルディスカッション、イブニングセミナー、懇親会といった充溢した構成で行われました。
 会場である未来の風せいわ病院は商業施設や住宅街からほど近く、丘の上から盛岡市街を眺望できる立地でした。この景色に患者様は癒され、時にはそれぞれ思いを馳せながら、こちらでひと休みしていくのだと思い浮かべました。参加者は100名以上とのことで到着時には既に長い列を成していました。受付を待つ間、待合スペースに曲線を描いて整列する優しい色合いの椅子を見かけ、院内全体に柔和な印象を受けました。
 病院見学会はスーパー救急病棟から始まり、外来、医療相談室等を含むステーション、臨床心理科、放課後等デイサービス、デイケア等の見学をしました。工夫を凝らされたハード面に加え、各コーナーでの細やかな説明や対応から、患者様と目線を合わせ共に歩む職員の皆様の姿勢が伝わりました。終始笑顔で迎え入れてくださる一方で、子どもを診る中で生じる苦悩や葛藤を感じとる場面もありました。
 ところで、パネルディスカッションを通して “トラウマメガネ”というフレーズ(菅原佳奈子先生より)が印象に残った方も多いのではないでしょうか。トラウマ・インフォームドケアは、まずはスタッフがトラウマの視点を持つことで、対応困難な対象者への適切な理解に繋がり、治療の糸口になるというお話でした。そして遠藤佳子先生からは、子どもの激化する行動にスタッフも当惑し、諦めや怒りの感情を必死に堪えることがあり、その転移関係に目を向け、チームの中で生じる力動への介入が治療的展開につながるというお話を聞くことができました。さらには「トラウマは子どもだけでなく、スタッフも含めたみんなが抱えている。トラウマメガネはスタッフ間でも活用できる」という堀川公平先生からの話題提供もありました。
 拝聴しながら、対象者との関係性においてまずは環境の一つとしてスタッフの存在を自覚し、そこに生じた陰性感情や根底にあるスティグマを意識化し、相手の行動の背景(トラウマ)を知ろうとする姿勢が状況を打開する契機になり得ると感じました。そのうえ、認知行動療法やメタ認知もさることながら、このトラウマメガネもスタッフ自身が日常的に活用でき、このノーマライズされた考え方に私自身ストンと腑に落ちる感覚がありました。その行動に隠された背景を推し測るという点は、現在私が担当する認知症の方のBPSDへの対応にも共通しており、領域や疾患を問わず精神障がいを抱える方に関わる者としてその根幹にあるべき心構えを再認識しました。また、一連のお話を通して日頃から子どもに関わる医療者の心理的安全性についても再考する必要性を感じました。
 夕暮れ時の懇親会は、アットホームな雰囲気にテラスから吹き込む涼やかな風が開放感を与え、和やかなムードでの交流や情報交換ができ、この研修会を締め括りました。
 最後になりましたが、コロナ禍を経て心待ちにしていた盛岡の街で学ぶきっかけを作ってくださった鈴木りほ先生、心のこもったおもてなしを随所に感じられる企画・運営をしてくださった未来の風せいわ病院および事務局の皆様、そして取り組みや知識、技術を惜しむことなくご教示くださったご登壇者の先生方に深謝申し上げます。


●熊本大学病院神経精神科 今井 智之

 私事ながら、日本精神科救急学会の関連行事への参加は、奈良での第20回総会以来10年以上ぶりで、精神科救急領域は強い関心こそあれ、議論に触れる機会はごく少なかったものの、このたび初めて盛岡での教育研修会に参加する運びとなりました。テーマは児童・思春期ということで、これまた苦手意識を少なからず持っている領域の話題にて、いささか緊張しつつの聴講ではありましたが、結果として得るものが大変多く、実り深い研修会でありました。
 午前中の施設見学では、安全性はもちろん採光をも重視したハードウェア、充実したスタッフ体制、そして年少患者の過ごしやすい療養環境を拝見し、現在の精神科医療が到達すべきクオリティとはまさにこういうものだろうと強く感じました。
 岩手医大・八木先生のトラウマインフォームドケアについては、大震災に関連した児童のサポートについて、県下の先生方が現在まで精力的に取り組んでこられた貴重な体験を伺いました。私の現勤務地でも、今後に思春期ケースにおける熊本地震の影響がより顕在化しうると思われ、多職種での密な情報交換と向後の対策を練る必要性に気付かされました。
 ときわ病院(同院は私が学生時代に見学で伺い、精神科医を志望する契機となった病院のひとつです)・館農先生は、私が札幌医大勤務の頃から入局同期として大変お世話になり、また児童領域はもちろん若手精神科医のリーダーとして活躍するお姿を間近で拝見しておりましたが、札幌圏における児童精神科医療の厳しい現状のなかで、同院が重責を担いつつ変革し続ける医療機関であることを改めて実感しました。
 パネルディスカッションは多岐に渡り興味を魅かれるテーマばかりでした。ゲーム・ネット依存については私も日常臨床で大変苦心しているところ、未来の風せいわ病院・村松先生のユニークでパワフルなアプローチには大変勇気づけられ、外来に来院する親御さんにも提供したいアイデアを多く頂きました。あさかホスピタル・遠藤先生による集団力動を重視した心理職の活躍も魅かれるところであり、治療チームの中でどのような役割を担うか、家族や環境にどう働きかけるかという点を特に認識させられました。岩手医大病院・菅原先生からは、近年のトラウマ解釈および再トラウマの予防の観点で、看護職がどのように病棟生活を支えているかを教えて頂きました。また、今回のメインテーマである、精神科救急急性期病棟で児童思春期患者を診るためのハード・ソフト面双方の工夫について、のぞえの丘病院・堀川先生からもご教示されました。確かに、在院日数が長期化しがちなケースをどのように同病棟でケアしていくか―という、大変難しい課題に私たちが直面化せざるを得ないことを痛感しました。
 智田先生による、未来の風せいわ病院の新しい精神科病院への脱皮・ダイナミックな進化の過程のご紹介からは、時代を生き残る精神科医療機関となるための篤い想いが伝わってきました。確かに私が駆け出しの頃―20年前とは、精神科医療は薬物療法も法運用も経営面も、当然ながら大きく変わってきたものの、時代の変化を敏感に感じとり、その変化についていくことは当然として、変化を自ら創り出していくことの重要性をも学びました。
 最後になりましたが、充実したプログラム編成を頂き、また大変に丁寧なご案内とご運営を賜りました、教育研修委員会事務局の皆様、未来の風せいわ病院の皆様、協賛企業の方々には篤く御礼を申し上げます。どうもありがとうございました。

●千葉県精神科医療センター 高橋由美子

 私は、7月1日に岩手県盛岡市のせいわ病院で開催された、日本精神科救急学会の教育研修会inいわてに参加させていただきました。午前中は病院見学を行い、班ごとに分かれてスーパー救急病棟、スタッフステーション、外来、臨床心理科、放課後デイサービス、社会復帰支援室を見学させていただきました。「新規外来患者の4割が未成年」という数字に圧倒されながら各病棟を回っていましたが、随所に思わず「なるほど」と唸るような発見がありました。保護室という、一見、無機質かつハードな部屋でも床材や壁材には刺激を吸収できる材質が使われていたり、児童思春期の患者さんの病室には各自に学習机が用意され、教員免許を持つ職員が学校と連携をとりながら学習支援が行われていたり、さらには窓から岩手山を望めるような造りになっていたりと、患者さんの心が和むような素晴らしい環境でした。
 ランチョンセミナーは、岩手医大の八木先生による、いわてこどもケアセンターの、東日本大震災後から今までの12年間の活動報告でした。「通常の児童思春期外来では発達障害が7,8割を占めるところ、発足直後の2013年は受診した児童思春期の患者さんの3分の1がPTSDだった。5年後の2018年にようやく発達障害が大半を占めるようになった。」とのお言葉に、改めて震災の傷跡の大きさ、トラウマケアの必要性を感じました。
 その後、「子どもの精神科救急にも対応する病院づくり-児童精神科医の立場から-」と題された特別講演が行われ、それぞれ多職種の先生方がご専門の立場からのお話を拝聴しました。児童思春期の患者さんを診る際に、しばしば聞かれる苦悩として「大人と異なり薬物療法があまり奏功しない」、「言語的な関わりが難しく、治療関係の構築が困難」、「周囲の影響を受けやすく、また逆に周囲を巻き込んで悪い影響が広がることがある」、「患者だけでなく、家族や関係者らの意見に振り回され、治療がなかなか進まない」といったものがあります。しかし、薬以外の治療的な関わりについて模索することは、とかく薬物療法に傾倒しがちな日本の精神科医療の在り方を見直すきっかけになるかもしれません。また患者本人だけでなく、家族や関係者との関係性を重視することで、家族全体を見据えた治療法が見えてきます。精神科救急病棟で児童思春期患者を診ることで、むしろ成人に対する治療も、より柔軟かつきめ細やかに行えるようになるのではないでしょうか。諸先生方のお話を伺い、私はそう感じるようになりました。
 イブニングセミナーは、せいわ病院理事長の智田文徳先生より、先代から継承されたせいわ病院を、これまでの収容型病院から地域移行推進型、ひいては急性期型病院への移行を目指した取り組みについてのお話がありました。経営方針の大きな転換には非常にご苦労されたことと拝察されました。50年先、100年先も精神科医療施設が社会から必要とされる存在であり続けるには、精神科医療の役割をより大きな文脈でとらえることが出来るかどうかにかかっているという、非常に示唆に富んだお話でした。
 最後になりましたが、今回の研修は「精神科救急急性期病棟で子どもを診る」という、一見難解なテーマを扱うものでしたが、実践されている諸先生方のお話の共通点として「柔軟な思考」というキーワードがありました。ともすれば薬物治療を偏重するあまり、患者さんの家族史の洗い出しや精神療法がなおざりになっていた我が身を反省するきっかけになりました。せいわ病院の皆様はじめ企画運営されました皆様に感謝申し上げます。ありがとうございました。
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