●夜行急行列車から降りた女性が
「山口幸子(42才)が金沢から急行能登に乗って上野に着いたのは朝の6時5分。
改札口を出て少し考えてから不忍池方向に歩きだした。少し歩くとハンバーガーショップを見つ
け、おなかがすいたことに気がついて店内に入りポテトを注文した。

「この時間はハッシュポテトになりますがよろしいですか?」
「ポテトください」
「ハッシュポテトになりますがよろしいですか」
「私はポテトが食べたいの!」
数分間、押し問答が続く、そのうち近くにいた若者が
「おばさん、おかしいんじゃないの。今はハッシュポテトしかねえんだよ」
と口を挟んできた。
「おかしくありません。あなたがおかしいんでしょ!もういりません」
と怒って店を出た。
その後、近くで見つけたコンビニでポテトを買い、歩きながら食べた。

夕方には新宿に移動
駅近くの交番を訪ねた。交番には複数の警察官がいたが幸子はそのなかで少し年上だと感じた警
察官に話しかけた。
話しかけられたのは53歳になったばかりの鈴木巡査長
彼は幸子になまりがあることを聞き逃さなかった。
「どこから出てきたの?」
「北陸」
「そう、泊るところ決まってないんだ。仕事?観光?」
「・・・仕事・・」
「そう、どんな仕事なの?」
「・・・」
「泊るところ今から探すのか。大変だね。でもここ、警察だからホテルの値段まではよくわから
ないんだ。駅の観光案内所かネットカフェへ行ってインターネットで調べてよ。一応ホテルも近
いところを教えてもいいけど、もっと安いところも探せばあると思うよ。携帯持ってないの?」
「持ってます」
「じゃあそれで探せば。探し方、わかる?」
「ええ、ありがとうございました」

翌日も夕方に新宿の交番を訪れた幸子は鈴木巡査長を探したがそれらしい姿は見えず。同年輩の
緒方巡査部長に話しかけた。
話した内容は昨日と同じで、安く泊まれるところはないかというものだった。
その日も同じように少し話をして交番を出た。

翌々日も同じように交番を訪問。
さらにその翌日交番を訪問すると鈴木巡査長に再び出会った。
「おや、このまえも来たね。好いところ見つかった?」
と鈴木巡査長が声をかけると
「ええ、なかなか住み込みで働けるところが見つからなくて」と答えた。
「おや、住み込みで働けるところを探していたのかい」
「ええ、働かないといけませんから。・・・・・」
「どうしたの?聞こえなかったけど」
「・・・・・・」
「大丈夫かい?」
「・・・。あっ、いえ、なんでもありません」
「そう、でもなにか小さな声が聞こえたんだけど。だいじょうぶだよ何でも話してもらっていい
んだよ」
「・・・・・・」
幸子は両耳を塞ぎ、頭をかかえるようにして黙り込んだ。
「だっ、だいじょうぶかい」
と鈴木巡査長が立ち上がろうとした時、日誌を見ていた若い巡査が
「この方、毎日来ているようですよ」と小声で鈴木巡査長に話しかけた。
●警察署から精神科救急医療情報センターへ
日誌を見るとたしかに幸子らしい人物が訪ねてきていることが記されている。
しかも、一昨日の記述には「少し言動にまとまりがないようにも感じられたが」とある。
そこで、本署に連絡し、「警察署で詳しく調べてあげるから行こうか」と幸子を促したところ
「なぜ、私が警察署にいかなければならないの!」
と先ほどまでとは打って変わった態度になった。
「いや、悪いことをしたというのではないんだよ。なかなか、好いところが見つからなかったんだろう。ここでは調べきれないから警察署できちんと調べてあげるよ」と鈴木巡査長は幸子を促した。
「ほんとうに?うそでしょ!ほんとうは私を逮捕して死刑にする気なのよ!わかっっているのよ!」
興奮がひどくなり、言っていることが支離滅裂になる。

警察署では精神科救急医療情報センター(都道府県によって整備状況はことなる)に連絡する一方、捜索願が出されていないかが調べられたが、捜索願には該当する人物はいなかった。また、幸子が名乗っている身元も調べたものの該当する住所そのものがなかった。

精神科救急医療情報センターでは、当日の精神科救急病院を検索し、当番病院だったおおぐま病院に連絡を入れた。
「新宿で身元不明の女性が保護されたのですが、少し言動がおかしいのでそちらで見てほしいと連絡があったのですが今から行ってだいじょうぶですか?」
連絡をうけたおおぐま病院事務当直の武田悟は
「詳しく状況をお話し願えませんか」と尋ねた。
「患者さんは自称、山口幸子さん、42歳。住所は大阪市だと名乗っていますが、警察で調べたところ該当する人物はいないそうです。新宿の交番に毎夕、安いホテルは無いかと訪ねてくるので不審に思った警察で保護されました」
このことを当直医の大熊治夫医師に伝え、受け入れの了承を得ると精神科救急医療情報センターに
「受け入れますので、どれくらいでこちらに来られますか?」と尋ねた。
「新宿警察からですから40~50分だと思います」
その後もいくつか現在の状況に関するやり取りをして電話を切った。

おおぐま病院では、今日はめずらしく院長の長男、大熊治夫が当直である。院長がインフルエンザのため急遽当直に着くことになった。もっとも治夫は父親がインフルエンザだというのは信じられなかった。今でも自分を当直に呼ぶためにうそをついているのだと信じていた。その証拠に「お前にうつっては大変だから家には来るなよ」と言われていた。

普段、治夫は大学病院で勤務している。今日から3日間、有給休暇が取れたのでゆっくり調べ物をしようと考えていたのである。久しぶりの休暇である。治夫の感覚からすれば「たった3日間」ではなく、「3日もある」のである。なんだか解放されたようなうれしさがあり、そのことをつい母に話してしまった。すると今朝になって父(院長)から電話があり「今日は俺が当直なんだが熱を出してしまったのでお前が代われ」と言ってきたのである。インフルエンザがほんとうかどうか聞く間もなく院長は一方的に電話を切ってしまった。切られたのでかけ直すと母が出て「治夫、悪いけど頼むわね」と言われてしまった。
●診察を始めても言葉が二転三転
事務当直の武田は大熊治夫医師に詳細を伝えた。
しばらくすると山口幸子がおおぐま病院にやってきた。興奮状態は幾分おさまってきているようである。
診察をはじめると「姑との間の問題で、家には自分の居場所がない」ので家出し、東京に出て来たのだという。
連日交番に出向いたのは「警察官が優しく話を聞いてくれたので、うれしかった」かららしい。また、最初に対応してくれた鈴木巡査長にまた会いたかったからだとも話した。もっともここまで聞き出すのに1時間以上の時間がかかった。

大熊治夫医師が幻聴があるように感じ
「誰かに命令されて、逆らえないのですね」と尋ねたところ
「そんなことありません!」と興奮しだした。
診察に対してはその後も攻撃的で、入院も拒否。
「知り合いの整体師の先生は入院する必要がないといっていたのになぜ先生は入院させようとするのですか」とくってかかってくる。

「誰に命令されているのですか?」と再度幻聴を確認しようとすると
「幻聴なんかありません!」と否定するものの、
誰も何も言っていないのに急に「いや!」と叫んだり
「やめて!やめて!」と言ったかと思うと、急におとなしくなったりする。
その後の言葉も二転三転する。

とりあえず山口幸子さんということで応急入院となった。
翌日、PSWの並河愛理が幸子に「バックの中を整理しましょう」と声をかけたところ素直に従った。
バックの中には財布、カード入れ、手帳、ティッシュ、爪楊枝、食べかけのお菓子の袋など色々なものが入っていた。
「あら、これスーパーのレシートね。金沢のカジマートじゃない。同じカジマートでもめいてつ・エムザの地下のこのお店だけは違うのよね。私、金沢の近く羽咋の出身なのよ。このお店にはよく行くの?」
「ええ、」
「じゃあ、金沢から来たの?」
「いえ、金沢の近く」
「そう。あっ、これの中、見ていい?」とカードケースを手に持ってPSWの並河が尋ねたところ了承したので並河はカードを出して記載されている氏名などを確認した。
そして、それとなく「あれ、関洋子さんなんだ」と言うと、
「いいえ、山口幸子です!それは友達のカードです。全部返してください!」とあくまでも山口幸子であると主張。その後も30分以上話したが“山口幸子”で通した。

本名(関洋子)や、年齢(48歳)、住所などがわかったので電話番号を調べ、昼前に自宅に電話を入れた。電話には、義母の春江が出た。春江はほっとした様子で「すぐに洋子(幸子)の夫の武に電話させるから」とおおぐま病院の電話番号を聞いた。
●「こんな人知りません。夫じゃありません」と
武からは15分くらいしてから並河に電話がかかってきた。
武によると、洋子(幸子)はまじめな性格で寝たきりとなった義理の父の面倒も最後まで看た。それだけでなく、葬儀の時にも長男の嫁として親戚の接待やら地元の方々との折衝もこなしたのだという。介護で疲れ切っていたところに葬儀で数日間まともに眠ることもできなかったようだった。統合失調症を発症したのはその1週間後くらいだということだった。その時は北陸地方の精神科病院に入院し、おち着いてきたので退院したが、外来通院は継続していた。5日前の昼過ぎに家を出たきり帰ってこないので心配して心当たりを調べたのだが行方が分からす、4日前に警察に捜索願を出したのだという。

武は仕事を終えると、鉄道ではなく車で向かうことにした。もし連れて帰れそうなら車で行ったほうが便利だからである。金沢西インターから北陸道へ入り上信越自動車道へ、途中横川サービスエリアで峠の釜めしを食べ、車内で仮眠。その後、関越自動車道に抜けて所沢インターで降り、国道463号線へ出て、おおぐま病院についたのは午前6時過ぎだった。病院の場所や駐車場を確認し病院には入らず、周辺のファミリーレストランで朝食をとり休憩した。8時前には外来患者さんが一人、二人と来るようになったが、武は9時まで車内で時間をつぶし、9時15分くらいになって受付に行った。

大熊治夫医師は本来、休暇のはずだった3日目の朝を迎えていた。
「あ~ぁ、3日間ともつぶれてしまった。くそ親父め」
「あら、そんな言い方して」と奥村未来に言われた。
その時、受付から関洋子(山口幸子)のご家族の方が来られましたと連絡が入った。
大熊治夫医師は武と事情をもう一度詳しく聞き、洋子の状態を話し、入院しているC2病棟に案内するよう未来に伝えた。

武がC2病棟に入り、洋子と会ったとたん
「こんな人知りません。夫じゃありません」
と洋子が叫んだ。
「まただ」と武。
そばにいた看護師の赤木由宇が「前にもこのようなことがありましたか?」と聞いた。
「ええ、本当は私とは結婚していないんだと言うんです。親父の葬儀の後、胃潰瘍で入院して、そのとき主治医だった内科医と本当は結婚しているんだと言いだして、たまたま、その先生の友人で精神科医がいたのでその先生も精神科の病気のことは普通の内科医にくらべてよく知っていて、すぐに精神科に転院したんです。早く治療すれば早く良くなりますって言われてね」
「なるほど、そうですか」

しばらくして大熊治夫医師がC2病棟にやってきて、武に連れて帰るかどうか尋ねた。
「この状態では連れて帰ることができません。入院させてもらえませんか」との返事。夫の同意による医療保護入院として、このまま入院継続となった。通院していた精神科病院の主治医とは翌朝、連絡が取れ「落ち着いたら転院する」ということになった。

洋子(幸子)は病棟内では自由に動けるものの、病棟の入り口にはかぎがかかっており、医師や看護師などしかそこを開けることはできない。窓があるものの、ほとんど開かない構造になっている。洋子は昼間は病室で過ごすより、病棟内のデイルームで過ごすことの方が多かった。

デイルームで一人の女性患者と知り合った。名前を北口彩乃と言った。結婚していて、小学生の子供がいるのだという。夫に子供と会いたいと言ってもまったく面会に連れてきてくれないと嘆いていた。もうすぐ離婚になるらしい。
眼鏡をかけた男性患者の新谷さんは北京駐在の商社マンだった。駐在時に発症し帰国して入院治療を行っている。会社はくびにはならなかったものの退職させられたと言っていた。会社名を聞くと大きな会社だった。理不尽な気がして、休職扱いにすべきだと言ったら話がはずんでその日の午後はづっと新谷さんと話し続けた。

入院1ヶ月後、転院する日がやってきた。洋子(幸子)はおとなしく夫の武が運転する車に乗り北陸へと帰って行った。