精神科救急の現場から
登場人物は
すべて
架空の人物です。
●精神科救急情報センターから
午後7時30分、外来当直看護師の赤井美奈は先ほどから、電話を片手に空床探しに追われている。

「今、無いですね。任意入院なんですよね。それでしたら、申し訳ございませんが他の病院にあたってもらえませんか?」
「はい、申し訳ございません。よろしくお願いします」

院内でクリスマスコンサートがあり、そのスタッフとして司会を担当していたミク(奥村未来看護師)は着替えて帰る途中に外来詰所に来て、先ほどから電話のやり取りを聞いていた。
「警察からですか」
「そうよ。通報で保護したんだけど自傷他害の恐れはないので任意入院させたいんだって。病棟と何度か調整してみたんだけど、緊急措置入院のための2床しか空いてないのよ。2病棟(救急病棟)から3病棟(通常の精神科病棟)へ移せる患者さんがいないか確認してもらったんだけど、昨日も一昨日もそのようにしてベッドを空けたので、もう無理だって」と美奈が答える。
「それじゃしょうがないよね。実際には2病棟にいてもおかしくない患者さんが3病棟に入っているもんね」
「それにね、3病棟も満床で退院してもらわなければ空けられないんだって、明日なら空くそうなんだけど」

自傷他害の恐れがあり緊急に入院が必要な患者さんのために、夜間と休日は常に2床のベッドを空けている。この県では全体で6床のベッドを緊急措置用として常に確保しており、精神科救急情報センターからの依頼により入院させることとなっている。

精神科救急情報センターは基本的にはどの県にもあり、緊急に入院が必要となった患者さんを振り分ける役目を負っているのだがまだ設置されていない県もあるようだ。
ミクが勤める病院はほぼ毎日、緊急措置入院が必要となる患者さんのために2床空けることとなっており、この日も救急病棟の2床をこのために空けていた。

「のりが良かったようね」
「えっ、」
「司会よ」
「ええ、仕事は半人前だけど、司会はうまいねって山田さんに言われちゃった」
「山田さんね。患者さんの中でも古株だしね。私達の事もよく見ているわよね。ところでミクちゃん、今日はデートじゃないの?」
「そうですよ、これからね」
「良いね~。私は当直だよ。この仕事、クリスマスも正月も関係ないどころか忙しかったりするもんね」
「そうだよね。去年はクリスマスに一人で居る事に耐えられないって自殺未遂しちゃった人がいたもんね」
「それって、彼氏に振られて初詣に一人で行くのが悲しいってことじゃなかった?しかも二人か三人立て続けにきたんだよね」
「あっそうでしたっけ、同じようなもんでしょう。あっまた電話だ。私、帰ります。失礼します」
「お疲れさん。よかったら代わったげるよ」
「結構ですよ。正月、しっかり入ってますから」

「はい、外来です。情報センター(精神科救急情報センター)からですか?」
「えっ、暴れてる。通報で警察に保護されて、自傷他害の恐れがあるんですね。年齢は?性別は?・・」次々と必要な事項を聞き出すと美奈は診察準備のため杉岡医師に状況を知らせた。
●裁判に負けて、暴れたことから
 「アパートの家賃を滞納していて、裁判になっったんだけど負けちゃって強制立ち退きが決まって、それで暴れたようです。もともと統合失調症で入院していたこともあったようです。通報で駆けつけた警察官が被害妄想的だったので情報センターに連絡したようです」と杉岡医師に状況を説明した。
しばらくして患者さんがやってきた。興奮状態が治まっていない。
「大家が嫌がらせするんだ。俺は悪くない。おまえらは悪魔の使いだろう」
「放せ、何しやがる」
美奈は病棟から応援に駆けつけた看護師とともに患者さんを診察室に誘導する。
患者さんはその間にも色々としゃべり続けている。
「あいつは俺の大切な思い出の品を盗ったんだ」
警察官に向かって
「お前もあいつの仲間だろう!お前を逮捕してもらうからな!」
診察室に入っても興奮状態は変わらない。マシンガンのように次から次へと言葉が出てくる。美奈や杉岡医師の言う事は一切耳に入っている様子は無い。
杉岡医師は「そうはいっても今日は他に行くところもないようだしこの病院に入院しましょう。精神保健福祉法の緊急措置入院という形を取ります。まずこの薬を飲んでください。少し苦いけど我慢して」とチューブに入った薬を患者に勧めた。

患者さんは「入院って、どれくらいなんだ!」と言いながら渋々服用した。その様子を見た杉岡医師は、「身体拘束までは必要ないが、他の患者との接触は避けた方が良い」と判断し、病棟には隔離室を施錠して使用する旨連絡した。

杉岡医師は以前入院していたという病院に電話したところ、丁度、担当医だった方がでた。 統合失調症で入院したものの病識はなかったこと、入院後、落ち着いてくると優等生的で3ヶ月で退院し、実家に戻った事などがわかった。
患者さんの中には『自分は病気ではないが早く退院するために治療に専念するふりをする』人もいる。そのような患者さんは退院後、服薬も治療もしないため早期に再入院となることも珍しくない。今回はどうなんだろうと杉岡医師が考えていると
「先生、雪ですよ」という美奈の声、クリスマスの夜に雪とはロマンチックだと思いながら窓から外を見る。

?・・ 星がきれいだ?・・・
「うそですよ。せめてちらほらと雪でも降ってくれたら良いのにね先生」
「ほんとうだね。赤井さん、お子さんは小学生?」
「いいえ幼稚園の年長組。もうサンタクロースは信じてませんけどね」
「そうなんだ。うちの子なんか小学校の5年生までサンタクロース信じていて友達にバカにされたんだよな」
「先生はロマンチストなんですね」
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